明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

2023年も日々美味しいコーヒーを提供出来るよう精進して参りますので、今年もよろしくお願いいたします。

今年の年越し蕎麦。何の捻りも無いですが昆布、いりこ、鰹節でしっかり出汁を引いています。かえし作っておけば良かったぁ。

お休み初日

今日から1/3までお休みです。

例年通り午前中は川之江の老舗菓子店「白石菓子舗」さんに挨拶まわり。

定番の黄金饅頭と百万両最中&その他のお菓子を購入しました。

帰りに近くのお気に入りのうどん屋「菜の家」さんでうどんを食べてとんぼ返り。

それから、焙煎機のメンテナンス。主にダクト、煙突掃除を行いました。

こちらのカスは冷却ドラム下に溜まるチャフや豆のクズです。半年に一回周期で掃除しますが、10リットルのバケツを埋め尽くすほどになります。

夕方以降は年賀状の作業。30日までお仕事をしているので31日はこんな感じです。

そして、明日はいよいよ自分の家の大掃除。御歳暮の作業が本格的に始まる11月から全くといって良いほど掃除が出来ていません。正直、引いてしまうほどバラつき汚い状態です。

それでも、仕事が休みなのでかなりホッと出来ています。パナマ・エスメラルダ農園ゲイシャ種。やっぱ旨いね。アンコとの相性も最高!

必需品

スウェードの靴のメンテナンスは真鍮製とナイロン製の組み合わせのブラシが基本です。

ただ、強めヨゴレだとなかなか綺麗に出来ません。

その時はコレ。砂消し。

これでゴシゴシのヨゴレを取ってあげます。

この通り。

この後、スウェード用の色と栄養を与えるスプレーをふり、その後防水スプレーで仕上げます。

メンテナンスばっちりです。

2年間を振り返って(PTSD発症期~現在)

離婚から3ヶ月目以降、凄く前向きに「パートナーが欲しい」と思いました。ついに8ヶ月目にその機会が訪れました。

元妻と出会う前から知っている子で、当店のお客さんでもあるし、またこちらも当時の彼女の職場にお世話になっているので話す機会が多く、凄く仲良くなっていました。その時は異性としてではなく、明るくて、ポジティブで、気遣いも出来、愚痴も言わないし、努力家。人として凄く魅力的な子だなと思っていました。その子が転職し、県外に行っていたのですが僕が結婚していた期間と同じ3年ぶり愛媛に帰ってくることを知りました。その時、彼女の方も僕の離婚を人づてに聞いていたみたいでした。

僕は運命を感じ「彼女がお店に来てくれたら、食事でも誘ってみよう」と心を踊らせました。

そして、奇跡!

彼女がお店に来てくれたのです。「こんな運命的な事があってよいのだろうか」嬉しくて、その時も話が盛り上がり3時間ほど彼女もお店に滞在してくれていました。

「やっぱり素敵な子だな」

ちょうどお店が暇で2人きりになりました。

「食事に誘ってみよう・・・」突然フラッシュバックがあり、瞼の裏に焼き付いた場面。いきなり恐怖心に変わり、体が硬直、心臓が止まりそうなほどの動悸、そして、彼女が僕に害を与えるかもしれないという被害妄想。

おそらく5分程度だと思うのですが、体感としてはものすごく長い時間に感じられて頭の中で「早く出て行ってくれないと心臓が止まる」。言葉を一言も発することも、その場から動くことすら出来なくなりました。

その時。他のお客さんが来店してくれて、ハッと目が覚め元に戻りました。

もちろん正確な理由は分かっていないと思いますが、沈黙して動けない僕に彼女は愛想を尽かせて帰ってしまいました。

発症したその日は僕自身、正直何が起こったのか分かりませんでした。それまで他の女性とは普通に話せていたので、このことをきっかけに女性と話せなくなってしまったと思いました。

頭では前向きなのに、心がついていけていない。

それからパニック状態に陥り、不眠症が続き、ある時は晩御飯を食べた後、何も泣くような場面でもないのに止めどなく涙が流れ出てしまう。そして、一週間くらいした時に少し心が落ち着き、症状をネットで調べるとPTSDの症状に当てはまりました。PTSDの代表的な症状。フラッシュバックの場面は、元妻が僕に離婚の話を持ち出してからの数日間の出来事でした。元妻も辛かったのでしょう。そこに遺恨はありません。

PTSDとは簡単にいうと命の危険を感じるような恐怖体験から身を守ろうと、潜在意識と恐怖心がくっつき自己防衛本能からくるものとされています。

症状が分かってからは知人のカウンセラーを頼り、認知行動療法を用いて、潜在意識に絡み付いた恐怖心をほどいていきました。それが約4ヵ月間です。認知行動療法は代表的なアプローチ方法で、その恐怖体験をしっかり見つめ直して、安心感に変えてあげる方法です。ただ、これも治ったかどうが、目に見えるものではないのです。

なので、PTSDが治っているのか、そうでないのかを確かめなければいけません。その時、ちょうど知り合った女性と食事する機会が出来ました。ただ、僕の中では一切嬉しいという感情はなく、とにかく発作が出ないだろうかという不安ばかりでした。

PTSDが発症して一番辛いのは、その発作がいつ出るのかが分からない不安に苛まれることです。女性との食事中。心の中がソワソワしているのですが、何とか2時間30分程度持ちこたえることが出来て、お別れしました。発作は出なかったのです。

それから数人。知人の紹介等で知り合った女性と食事に行き、一つ一つ大丈夫だと自信がついてきました。この方達とも治療目的で、本当に楽しく食事をすることでした。そして現在。つい最近まで数回に渡ってアプリで知り合った女性と食事に行っていて、この方にはフラれはしましたが、しっかりアプローチするという段階までになりました。

フラれたことはPTSDのせいではなく、僕のモテなさの問題です。苦笑

でも、本当にここまで来るのに一歩一歩でした。凄く時間が掛かりました。ただ、100%戻りました。

今は毎日が楽しい。

PTSDは経験する人が少ないので理解者がおらず、時に心無い言葉を浴びせられます。ただ、カウンセラーや心療内科に掛かることは恥ずかしいことはないのです。心も骨と一緒でポキッと折れたり、粉々になったりするのです。「弱い」「根性が無い」という心無いこという人は経験が無く無知なだけです。

なので、人の目を気にすることはありません。迷わず助けを求めて欲しいと思います。

ここ2日に渡って2年間を振り返りました。本当にボロボロになり生きる希望を失っていたこともありました。ただ、しっかり自分に向き合い見つめなおし平穏な日常を取り戻せました。

今は辛く、どん底に居る方へ。

少しでも伝わることがあれば幸いです。

2年間を振り返って(離婚直後期)

離婚して2年が経ちました。すっかり日常を取り戻した今では考えられませんが、振り返ると、離婚直後、8ヶ月目に大きな精神疾患を抱えていました。

これから僕が記していくことは、これまでの経験を経て、ブログを読んでくれた方がこれから同じような状況になったり、また、当人ではなく周りの方がどう触れ合っていくのかの参考になればとの思いで書いていきます。

まず離婚直後はうつ病を発症し、1ヶ月間に渡って強い自殺願望に襲われました。

あまりにも元妻の存在が僕の中で大きすぎて、守ってやれなかった、不幸に貶めたという激しい自責の念、自己嫌悪。全てを失ったという喪失感でいっぱいでした。離婚が決定した時は今から雪崩が起こりそうだと分かるくらい自分の精神が崩壊していく予想ができました。

あの時、全く気力が出なくて心療内科に掛かることが出来なかったですが、不眠症、自殺願望、食欲不振、体の発疹。症状としては間違いなく「うつ病」でした。しかも、僕の場合は仕事場ではお客さん普通に接することが出来るいわば「笑顔うつ」という症状で、独りになると精神が崩壊していて仕事以外の時間は自らで命を絶つことばかり考えていました。

のちに勉強しましたが自殺のメカニズムは希死念慮、自殺念慮(死にたい気持ち)に衝動が加わることで起こると言われています。

当時を振り返ると希死念慮が強かった時に、家族や友人の不幸事、ペットの死など、さらなる不幸が重なっていたら僕は引っ張られていたと思います。そこまで、精神が追い込まれていました。

ただ、ありがたいことに僕の生かされた最大の要因は友人のサポートでした。

あまりにも希死念慮の強いときは自分から人と接触を図ろうとも思えず籠っていました。

それでも、週に一回は誰かしら友人がご飯に誘ってくれて外に出る機会、話す機会を作ってくれました。また、電話をくれたり、LINEをくれたり、家に来てくれたり。本当に常に僕との接触を取ってくれました。

そのおかげで僕も自己認知、自己開示が上手く出来て、割と早めに精神が平常時に戻りました。

本当に不思議なもので希死念慮、自殺念慮のループの時は何一つプラスの発想が出来なくなります。

でも、これも一時のものなのです。これは心療内科の先生の話ですが、自殺願望を乗り越えた患者さんが共通して言われることは「生きていて良かった」「何故かあの時は」ということです。

ありがたいことに僕はもとの気質が楽観的で思考もポジティブなので、2ヶ月目を過ぎた頃には、「結婚生活は良いものだった」「良いパートナーが居て欲しい」と前向きな発想が出るようになりました。

それも底に落ち込んでいる本人自身ではなかなか上がることは出来ません。周りのサポートがあってこそです。僕もそうでしたが、表向きは明るく接することが出来るので何もなかったように見えたりします。

なので、皆さんの家族、友人、周りの人が不幸な出来事に見舞われた時、「大丈夫?」「変わらない?」「聞くよ」と一声掛けてくれることが、救いとなります。正直、勝手ではありますが、こういう時はアドバイスなど一切必要ありません。耳に届きません。

そして、「考えすぎ」「もう過去のこと、忘れなさい」「思い違いじゃないの」と全て正論ではありますが、否定的な言葉は使わないであげてほしいです。

僕は周りの友人に恵まれていて、黙って聞いてくれる人が多くいました。おかげで、すぐに前向きな思考に変わりました。

これで平穏な日常が戻ってきたと思っていましたが、8ヶ月目にさらに大きな精神疾患が発症しました。

肉体改造?

最近、少し体重が増えてました。僕のベスト体重は65kg。(身長172cm)

それが直近の一番重い時が68kg。普段ならちょっとお腹周りがポチャッとしたなと思うのですが、その太った感覚ではないので何だろうと思い、これまで使っていたアナログの体重計ではなく、体重、体脂肪率、基礎代謝、BMI等、細かくデータを見られる体組計に買い換えました。

個人データを入力し、早速計測。

体重67.2kg 体脂肪率17.9% 基礎代謝1576kcal(高め) BMI22.7 体内年齢35歳。どれを取っても良い!なかなかの数字です。

おそらく、これまでスクワットを欠かさずに続け、さらに2ヶ月前から肩こり、四十肩対策用に肩周りの筋肉を鍛えてきたのが、筋力増加に繋がったのでしょう。筋肉は贅肉よりも重いので、妥当な結果ですね。

僕は元々すぼらな性格のため競技としてラグビーを止めて以降、ウエイトトレーニングやランニングは全くと言って良いほど興味がありません。ちなみにラグビーをしていた時は172cm75kg体脂肪率15%、胸囲は100cmを越えていました。

単に体を鍛えるということが嫌いなのですが、ある程度の年齢がきたので、健康増進のため太りすぎないよう気を付けています。

四年前からその結果が健康診断で全ての数値が標準値内になったので如実に現れています。

あまり無理をせず、かといって暴飲暴食をせず健康に気を使って行きたいですね。

頂きました

当店の常連さんSさんからじゃがいもを頂きました。

かなりの量!

これはやりがいがあるなぁ。

肉じゃが、ビシソワーズ、煮転がし、チヂミ、炒め物、レンチンで塩をふるだけでも美味しい。

明日は定休日。ガッツリ料理をします。一発目。ジャーマンポテトにしようと思います。

じゃがいもって使用用途が豊富なので、頭の中で沢山のレシピが広がります。

Sさん貴重なじゃがいもを頂きありがとうございました。

勘違い?

大してモテない男子の僕にとって、毎年、鬱屈した気持ちになるバレンタインデー。

小、中、高は環境もあって毎年2、3個は頂くことがありました。(もちろん義理です)

ただ、社会人になり環境的に職場に女性の居ない当店。頂く機会など無いのが当たり前です。

ただ、優しいお客様がいるものです。何とか頂けています。

数多くのチョコレート。シュークリーム。しかも、高級チョコまで。柿の種。僕の好みを知ってくれているので、とても嬉しいです。

コーヒー豆も色々なお店の物を飲めるのは嬉しい。そして、靴下というプレゼントまで。

どれも僕にプレゼントするものを考えてくれた時間が嬉しいですね。

本当にありがたいですね。この日だけはモテると勘違いさせて頂きます(苦笑)

認めたくない

この間スーパーに野菜を買いに行ったら・・・。

あなた、いつから「セルリー」になったの?

しかも、ほとんど変わらない半端じゃないマイナーチェンジ。

これは、「ピザ」を「ピッツァ」と呼ばなくてはいけないというパターンのものなのでしょうか。

僕はしばらく「セロリ」のままで、行くつもりです。

戯れる

お休みの日の午前中はいつも銀行回りと買い出しです。

それから、取引先やお客様のお店にお昼ご飯を食べに行くことが多いです。

その後はお店で作業をすることが多いのですが、実家の猫ちゃんとの時間も大事な時間です。

かなり、良い感じで戯れているのですが、実はこの後・・・。

噛まれています。結構このパターン多いです(苦笑)

彼は極端に触られる事を嫌い、触りすぎるとかなり怒ります(汗)

でも、可愛いから撫でちゃうのです。

今度こそ、噛まれないぐらいに撫でよう。